弥生時代の起源から現代までの歩み

起源:紀元前300〜200年ごろ(弥生時代)

水稲栽培の伝来とともに、米を発酵させた酒造りが始まったとされる。
最初は米のデンプンを糖に変える技術が未発達だったため、人の唾液のアミラーゼを利用する口噛み酒が主流だったと考えられています。

日本人が酒を造り飲んでいたことが中国の史書『魏志倭人伝』(3世紀)や『播磨国風土記』(400年ごろ)に記録されているが、日本でいつ始まったかには諸説ありはっきりした情報はない。

麹菌を使った酒造りが始まる(4世紀)

麹菌を使うことで、米のデンプンを効率的に糖化できるようになり、口噛み酒から現代につながる発酵技術へ日本酒の技術が大きく進化。

寺院が技術革新を牽引。朝廷が酒造りを制度化 (奈良〜室町)

宮内省に「造酒司(みきのつかさ)」が置かれ、行事用の酒を造る。
特に奈良の寺院(正暦寺など)が酒造技術を体系化し、
現代の清酒につながる技術を確立。

現代日本酒の基礎技術が確立(室町時代)

奈良・正暦寺で『諸白仕込み』『三段仕込み』『菩提酛』『火入れ』などが完成し、「清酒発祥の地」と呼ばれる。

諸白(もろはく)仕込みとは

「麹米も掛米もどちらも精白した白米を使う、室町時代に確立した革新的な日本酒醸造法で雑味が少なく、香味がクリアな酒が造れる。現代の吟醸造りの基礎となった技術

三段仕込みとは

発酵を暴れさせず、酵母を健全に増やし、アルコール度数を高めるための「3回分割投入方式」。
一度に大量の蒸米・麹・水を入れると、雑菌が入りやすいリスクがある為、3回にわけて段階的に投入して酵母の勢いを維持しながら、もろみの量を増やすという仕込み方法。

菩提酛(ぼだいもと)とは

生米麹を水に浸して乳酸発酵させた「そやし水」(乳酸発酵した水)を使い、自然の乳酸菌で酒母を立てる伝統製法で現代の山廃・速醸の“祖先”にあたる技術です。

火入れとは

日本酒を搾った後の酵母や乳酸菌などの微生物を60~65℃で短時間加熱する工程。
低温で加熱する事で微生物と酵素の働きを止め、酒質が安定します。

産業化と日本酒の大量流通が進む(江戸時代)

江戸時代の日本酒造りは、三段仕込み・火入れ・寒造りが定着し、灘や伊丹の台頭と樽廻船による大量流通で清酒の品質と生産量が大きく向上し、江戸の酒消費の80%を占めるまでに成長しました。

明治時代(19世紀後半〜20世紀初頭)

明治時代に入ると、醸造試験所の設立をきっかけに酒造りへ科学が導入され、山廃酛や速醸酛といった新しい酒母が開発されました。瓶詰め技術の普及や酒税制度の整備により、酒造業は近代産業としての形を整えていきます。

昭和初期(1926〜1930)

樽酒・ 一升瓶中心の時代

昭和初期、日本酒は基本的に量り売り又は一升瓶(1.8L)が主流で、現在のような少容量の容器はほぼ存在していません。
また、酒蔵は“地酒文化”が強く、地元で消費されるいたようです。

この時代の特徴
  • 保存技術が未発達で、火入れや濾過も今ほど精密でない
  • 味は現在よりも“重く濃い”ものが多い
  • まだ吟醸酒は一般流通していない(鑑評会用の特別酒のみ)

戦時中(1937〜1945)

三増酒(アル添+糖類添加)の誕生

戦時中は米不足の為、アルコール添加+糖類・酸味料を加えた「三増酒」が誕生しこれが前後まで続き、日本酒の方向性を変えました。

三増酒とは

米不足のために、少ない米から大量の酒を作るために生まれた“増量酒”のこと。
正式には 「三倍増醸酒」 と呼ばれ、醸造アルコール・糖類・酸味料 を加えて量を増やした日本酒です。

この時代の特徴
  • “本来の純米酒”はほぼ姿を消す
  • 酒蔵は国の統制下に置かれ、自由な酒造りはできない
  • 日本酒の品質は全体的に低下

戦後〜高度成長期(1945〜1950年代)

三増酒が全国に広がり、日本酒=甘い酒のイメージが定着

戦後の食糧難で三増酒が主流になり「甘くて濃い日本酒」が一般的となり、1950年代後半には、三増酒の生産量が本醸造を上回る。

この時代の特徴
  • 一升瓶の大量生産が可能に
  • 酒の流通が全国規模で広がる
  • 大手酒造メーカーが台頭し始める

高度成長期中期(1950年代後半〜1963年)

大手メーカーの全国展開が加速

大関、月桂冠、白鶴、菊正宗等テレビCMが始まり、ブランド競争が激化。また、
特級酒・一級酒・二級酒が確立し「特級酒」が高級酒を位置づけら、
一般家庭では一升瓶の「二級酒」主流となる。

この時代「吟醸酒」は観評会用“秘蔵酒”で一般販売はほぼゼロで、香り高い吟醸酒の文化は存在しない。

高度成長期後期(1964〜1970年代)

ワンカップ大関(1964年発売)が生んだ“容器革命”

当時、一升瓶が主流だった日本酒、「いつでも、どこでも、飲める」というスタイルを確立させる為、大関酒造の10代目長部文治郎氏の発想で誕生、若者向けの新しい飲み方が浸透され、当時のキヨスクでヒット商品となる。

ワンカップ大関は1964年10月10日、東京五輪開催日に合わせて販売され、1967年には業界初の自動販売機で販売を開始した。

成熟経済期(1980〜1990年代)

田宮二郎、萩原健一、中島みゆき、田村正和などの署名人を起用し、ワンカップは1979年に年間1億本をと突破、1990年代には日本酒全体の消費はピークを迎えるがその後減少へ。

この時代の特徴
  • 「安くて手軽」な日本酒が大量に消費される。
  • 級別制度の廃止(1992)で“特撰・上撰・佳撰”などの呼称へ移行。
  • 一方で、地酒蔵は“吟醸造り”の技術を磨き始める。

低成長期(2000年代)

地酒ブームと“吟醸酒の一般化”

地方の蔵の純米吟醸や大吟醸が全国に評価され、ワンカップも大吟醸版等の付加価値を投入。

この時代の特徴
  • 「香りの良い吟醸酒」が一般家庭にも普及。
  • SAKEの海外輸出が増加し始める。
  • 日本酒は“オヤジの酒”から“香りを楽しむ酒”へイメージ転換。

低成長期(2010年代)

クラフトSAKE・パック酒の進化・IWC受賞ラッシュ

紙パック酒の品質が向上し、菊正宗「しぼりたてギンパック」(2016〜)がIWCで高評価。また、2019年・2023年に「グレートバリュー・チャンピオン・サケ」を受賞、 同一銘柄で2度受賞したのは IWC史上初 という快挙です。

グレートバリュー・チャンピオン・サケとは
IWCのSAKE部門で、「高品質かつコストパフォーマンスに優れた酒」 に与えられる特別賞。
  • 選考条件(IWC公式基準)
  • シルバーメダル以上
  • 720ml換算で 税抜1,200円以下
  • 年間生産量 10万本以上

その中から 最優秀の1銘柄だけ が「グレートバリュー・チャンピオン・サケ」 に選ばれます。

この時代の特徴
  • “安い=まずい”のイメージが崩れ、パック酒の品質が向上。
  • 生酛・山廃など伝統技法の復活。
  • 海外のレストランでSAKEが定着。

低成長期(2020年代)

コロナ禍で家庭飲みが増え、カップ酒が再評価。また、ご当地カップ酒・デザイナーカップが人気となる。
2022年には「THE ONLY ONE CUP」(オリジナルラベル作成サービス)が開始。

この時代の特徴
  • キャンプ・アウトドア需要でカップ酒が再ブーム。
  • 低アルコール・スパークリング・クラフトSAKEが台頭。
  • GI(地理的表示)制度で“テロワール日本酒”が注目。
THE ONLY ONE CUPとは
「THE ONLY ONE CUP」とは、大関株式会社が2022年2月に開始した “オリジナルラベルのワンカップを作れるオンデマンドサービス” です。
自分の写真・イラスト・文字を使って、世界に1つだけのワンカップ日本酒を作れるのが最大の特徴です。